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kawaguchiの日記

首都大学東京・経済学徒の講義ノート

経済学説史 第5回

重農主義

18世紀中葉のフランスで学派を形成した経済思想。

農業を富の源泉と考え、農産品の自由な取引、つまり農産品関税の廃止を提唱した。

一方、工業は富の源泉とは考えなかった。

フランソワ・ケネーの『経済表』が著名。

アダム・スミスはこの説を評価したが、工業の軽視に関しては反対した。

 

ルイ14世の経済政策(17世紀、絶対王政

財務総督ジャン・バティスト・コルベールが重商主義政策を推進。

税の拡張、貿易保護、国内産業振興(外国職人の雇用、厳格な製造方法の規制)、インフラ整備、植民地経営などを実践した。

 

○ジョン・ローの貨幣改革

王立銀行を創設し、政府の国債を引き受けるかわりに、政府から紙幣発行権を付与された。王立銀行は紙幣を大量に発行し、投資家の土地などの資産と紙幣を交換、投資家はその紙幣をローが設立したミシシッピ会社に株式投資した。この流れ当会社は株価が跳ね上がり、バブルを形成。物価も上昇したし、やがてバブルも崩壊して会社は崩壊した。

貨幣理論としては的を射ていたが、人々の思惑が絡み合い、理論が捻じ曲がってしまった。理論はそう簡単に現実に適応できないという教訓である。

 

○リチャード・カンティロン

『商業試論』:ジェヴォンズはこれを最初の体系的な経済学所と評した。

家庭事情を例にとって労働供給のメカニズムを説明。また、他の例で労働需要のメカニズムを説明。

労働需要が労働供給の配置を決定するということを論じた。

貨幣供給拡大→鉱山のもとで現地消費→貨幣の国外流出→国内衰退という流れを説明。カンティロン効果とも呼ばれる。

投資と消費の比率から利子率を説明

贅沢な国:消費ばかりで投資しない→利子率上昇

倹約な国:消費を抑えて投資する→利子率下落

 

○フランソワ・ケネー

『百科全書』の「穀物

自由貿易の下では、市場価格は安定し、農業者の所得も増える。

『経済表』

農産品と製品と貨幣の循環を農業者、地主、職人の三者間で図示。

農業者のみが「純生産物」を生み出すことができる。

農業以外からは国の富と繁栄はもたらされない。

徴税をするなら土地にのみ税をかけるべき(地租単一税)

 

○アンヌ・ロベール・ジャック・テュルゴー

ルイ16世治世下で、財務総督を務めた。

『富の形成と分配』

投資先によって利子率は異なるが、それぞれの収入が相互に働きあい、均衡をもたらす。

高い利子率ほど投資が少ないという利子と投資の反比例を示した。

経済学説史 第4回

重商主義

貿易収支を黒字にすることを最優先する経済政策思想(貿易差額主義)

アダム・スミス以前の16~18世紀ごろのイギリスの経済思想の総称

 

○物価革命

大航海時代の主目的は、金・銀などの貴金属を求めるものだった。

マルコ・ポーロが記述した「黄金の国ジパング」を求めたことや、南米のポトシ銀山などがその例である。

南米からヨーロッパへ大量の銀が流入し、国内の貨幣流通量が激増した。この結果、1470~1620年のあいだに、物価が6倍に上昇した(貨幣価値が1/6倍になった)

※フィッシャーの交換方程式

M・V=P・Y   M↑・V=P↑・Y

 

マルティン・デ・アスピルクエタ

スペイン人の神学者

貨幣は、需要が大きく、供給が不足しているときに高価になる、と証言している。

貨幣供給が過大になるとインフレに陥ることを直感的に見抜いていたのではないかと考えられる。

 

○ジャン・ボダン

物価上昇の5要因

・金銀の豊富さ→金属貨幣本体の価値が下がる

・独占→有効需要に対して、供給を意図的に抑えて価格をつり上げる

・輸出や浪費による財の希少→当然ながら輸入は抑制されていたから、国内供給が過小

・王侯貴族の贅沢→特に奢侈財の供給不足

・金属貨幣の金銀含有量の低下→少ない金属量で多くの貨幣を発行し、インフレへ

 

○イギリスの貿易商人団体

・貿易商人組合:地中海でイタリアなどと交易

・レヴァント会社:オスマン=トルコと交易。自衛のために武装もしていた。

東インド会社:アジア(インド、東南アジア、中国など)を独占。軍事力で現地を統治

 

 

トーマス・マン

貿易商で重商主義者。東インド会社の存在を擁護した。

当時は、彼の著作が経済学の基本的原理だった。

貿易差額が国富に直結すると主張。

 

○イギリスの政策メニュー(貿易差額主義の3本柱)

・国内生産の拡大→ギルドなどに特権を付与

・贅沢消費の抑制→アジアからの輸入品をなるべく消費しない

・アジア貿易→現地産品を独占

 

○ジョザイア・チャイルド

東インド会社の重役。王室への賄賂で権益を確保。名誉革命で立場が危うくなるが、王室への貸付で権益を保つ。

 

○利子論争

イギリスはオランダよりも利子率が高いので、引き下げるべきでは?

オランダは貿易にかんしてイギリスの競合国。

チャイルド:利子率引き下げ派

高い利子率によって、船を造り、人手を集めるための資金借入が抑制されて、国富の根源たる貿易業が阻害されてしまう。

ジョン・ロック:引き下げ反対派

金利規制をしても投資抑制どころか、借り方は法の抜け穴をつく。

利子率の上限規制は、高リスクな事業に対して高リターンを望めないことを意味するので、貸し手のインセンティブを失わせる。

 

この論争において、本来オランダほどリターンが見込めないから利子率が高いのであるのに、チャイルドは利子率が高いから投資ができずリターンが見込めない、と原因と結果の関係を取り違えていた。

経済学説史 第3回

○古代から中世へ

古代は、都市国家の時代から、帝国の時代へ変化し、思想もアジアの思想の影響を受け、共同体の思想から個人の思想へ変化した。

 

都市国家の思想(共同体主義的思想)

 政治的な共同体。政治、裁判、軍事などを一同でおこなう。拡張された家族ともいえる。

 アリストテレス:親愛の情、財の共同使用(所有は個人)

 

帝国主義の思想(個人主義的思想)

 犬儒学派ストア派エピクロス

 

犬儒学派

 ディオゲネスによって創始。極端な清貧思想を展開、実践した。モノに執着することを嫌った。理性主義を極端に推し進め、世俗の思想を否定。

 

ストア派

 ゼノンによって創始。感情よりも理性を重視し、世俗の価値観を否定した。感情とは、不確実な世界で生きていくために邪魔なものであり、理性によってそれを抑えることとする。

 

エピクロス

 エピクロスによって創始。当時はストア派よりも現代的な潮流を取り入れた思想だった。人間は単子的で、個々の独立として存在するとした。快楽を善とし、快楽と苦痛をはかりにかけて重いほうを行動にうつすこととした。ここでの快楽とは、精神、肉体的な満足ではなくて、冷静な思考である。

 

キリスト教

 イエスが創始。ユダヤ教に当時の思想的潮流を取り入れたもの。信者は奴隷が多かった。

 キリスト教の神話構造は、原罪→イエスの処刑→信仰。

 原罪はアダムとイブに始まる。イエスは処刑によって人々の原罪を償った。そして、人はイエスに願うことで原罪が赦されることになった。

 精神的な安心と富とは両立しないとして、金への執着を禁じた。パウロの「働かざるもの食うべからず」に代表される。しかし、教会の規模が発展するにしたがって、富に対して寛容になっていった。具体的には、富の所有は許すが、富への執着は禁じた。

 

宗教改革

 カルヴァンの予定説

 救済される人間はあらかじめ決まっているので、現世の善行は償いにならない。したがって、現世で清貧を追求するのではなく、富を蓄えて、現世での成功を奨励した。

 マックス・ウェバー

 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』では、勤勉と倹約という資本主義の精神は、カルヴァンの教え(プロテスタント)に合致するとした。自分の弱さ(貧困)を蔑視し、それに陥らないようにいそしむべき。しかし、旧教徒の中にも、富を追求する事業家(メディチ家など)はいたという反論がある。

経済学説史 第2回

今回の講義は古代ギリシアアテネについて。

主なトピックは以下の3つ

 

 

 

地中海東方の小アジアの近くにポリスという都市国家を建設した。文字や鋳造貨幣の発明、航海技術の発達によって商業、貿易、金融が盛んになった。

その中の一都市であるアテネは面積が現在の東京都と同程度で、人口は40万人。政治に参画できる「市民」は3万人で、残りは奴隷あるいは残留外国人だった。

 

アテネの3つの政治改革を簡単に紹介する。

ⅰソロンの改革(B.C.7~6前半)

   資産によって市民を4つの区分に分け、それぞれに異なる権利を付与して、借金奴隷を禁止した。貨幣経済の弊害を取り除き、アテネの商業化を推進して、さらに人材の流動性を向上させる狙いがあった。

 

クレイステネスの改革(B.C.6末)

   政治単位を地区によって分け、評議会代表を500人くじで選出した。血縁政治を廃

止し、民主政治を安定化させる狙いがあった。

 

  ⅲペリクレスの改革(B.C.5中葉)

   貧民に観劇を許可。公職の資産条件を緩和。陪審員に手当てを付与。大衆を政治に取り込み、軍事力を強化させる狙いがあった。

 

  ソクラテス(B.C.469~399)

  「無知の知」:知らないということを知ること。相手に質問を投げかけ続けて、物事を実際には知らないということを思い知らせたという。弁論術が優れていた。プラトンの師匠。「神々を冒涜し、若者を腐敗させた」といういわれなき罪で処刑された。

 

  古代アテネの貿易収支

  平地が少なく、乾燥した気候だったのでオリーブを輸出し、穀物などの食料品を植民市から輸入していた。また、近くに銀山があったので採掘した銀貨も輸出していた。

 

 

ソクラテスの弟子にあたる。『国家』、『ソクラテスの弁明』など対話篇の著作を後世に残した。特に『国家』では社会と個人の理想的な在り方を示している。よい指導者が軍をうまく統制するように、魂(感情)を上手く制御できるのが理想的だとしている。

 

政体の変化についても述べている。軍人政治⇒寡頭政治⇒民主政治⇒独裁政治という風に、自然に任すと政体は悪い方向へ流れると語っている。すべては指導者が富を持つことが原因であり、指導者の私有財産は禁止されるべきだと主張した。

 

 

プラトンの私塾である「アカデメイア」でプラトンに師事した。アレクサンドロス大王の少年期の家庭教師である。概念は人々に知覚されることで初めて存在しうるという経験論を説いた。

 

物事には究極的な「目的」があり、それを満たすことが「自然」であるとしている。たとえば、かれは奴隷を「自然」という観点で肯定している。世には人に従う人と人に命令する人がおり、前者に適しているならばそれは「自然」であるということだ。一方、商業・貿易・金融は「不自然」だとしている。人が得る富は有限であるのに、それに反して富を得ようというのはおかしい。したがってそれらは「目的」から逸脱しており「不自然」だということだ。

 

アリストテレスは貨幣観についても言及している。貨幣の「目的」は物々交換の不便を取り除くことが「目的」である。その目的を満たす用法であれば「自然」であるが、金融のような利付きの貸し借りは「目的」を逸脱しており、したがって「不自然」だということである。

 

またプラトンに対しては指導者の幸福(富)を奪っておきながら彼らに市民に対して幸福をもたらそうとさせるのは理不尽であると批判している。理想的過ぎて現実に即しておらず、急進的だとしている。

 

ただ、アリストテレスは「自然」を説くなかで、プラトンと同じく共同体主義の利益はよしとするが、個人主義の利益はよくないという主張で一致している。

講義ノート【意思決定論 第1回】

意思決定論 第1回の講義

前期火曜3限の講義です。

 

今回は

意思決定とは何か

行動意思決定論とは何か

「成功要因」の神話と現実

の3つのトピックで構成されます。順に見ていきましょう。

 

意思決定とは何か

意思決定とは一言でいえば、物事を決めることです。もうちょっと具体的に表現すると、自分の未来の行動について複数の選択肢からひとつ選ぶことです。「今日の昼食は何にしようか」といった個人的な意思決定から企業の事業の意思決定まで幅広く定義することができます。意思決定論は組織論、戦略論、マーケティング、交渉学といった経営学の基礎をなしています。また、意思決定に重要なことは、自分で自分の行動を決めることです。他人が自分の行動を決定することではないです。

 

ちなみに、「意志決定」と間違うことがありますが、正しくは「意思決定」です。注意しましょう。

 

 

 

行動意思決定論とは何か

行動意思決定論とは、人間の意思決定がどのようにおこなわれているのか、何にどのように影響を受けているのかを、心理学や脳科学などのアプローチで探求する学問です。

人間の意思決定の本質を追求するものです。

 

 

 

「成功要因」の神話と現実

成功要因とは厳密に定義されているわけではありませんが、「それを実行すれば、それが原因となって企業が成功する」という理解でOKです。

 

では、「成功要因にのっとって意思決定をすれば、企業は成功するのでは?」と思うかもしれません。しかし、必ずしも成功するとは限らないというのが現実です。

 

本講義では、過去のベストセラーとなったビジネス書から

『エクセレント・カンパニー』

『ビジョナリー・カンパニー』

ブルーオーシャン戦略』

の3冊をとりあげ、そこから成功要因とされているものをピックアップしました。

 (※ピックアップ内容は省略します。)

 

ピックアップした成功要因を以下の4つから評価します。

1.あまりにも当然な項目

 たとえば、「価格競争力を高める」という要因があったとして、これが実現したならば成功するのは当然です。

2.実行しても成功しない可能性のある項目

 それを実行したのに失敗した事例が見つかる。いわゆる反例です。

3.反対のことをしても成功する可能性がある項目

 反対のことを実行しても成功した事例がみつかる。これも反例といえますね。

4.行き過ぎると、かえって成果が低くなる可能性がある項目

 

「それを実行して成功した」という項目のみで評価して、2と3のような反例を探し出す作業がほとんど見られません。こういった要因と企業の成功には相関関係はありますが、因果関係はないのです。

 

業績のいい企業は外から見ると、あたかも経営者が優秀で組織も戦略も優れているようにみなされやすいです。これをハロー効果といいます。

「美男美女はそれだけで人柄が良く、頭もいいとみなされやすい」というものハロー効果です。

 

したがって、経営の成功要因は体系化できないのです。だから、成功要因は前例でしかなく、自らのビジネスの意思決定問題にそのまま当てはまらないということです。

 

 

今回はここで終了

講義ノート【経済学説史】

http://craze7070520.hatenablog.com/entry/2017/04/10/222048

 

次回からこちらで講義ノートを更新します。